菅谷昭 松本市長 の 講演を聞いて

放射能被ばくから子どもたちを守るために、国、自治体、市民がすべきこと

チェルノブイリの原発事故(1986年)が起きた当時は医師として、当地に赴き、子どもたちの甲状腺がんの手術を担当し、滞在中に手術後の子どもたちの往診を手がけた菅谷昭さんの講演を聞きました。

まず、どんなときでも話される3つのご自分の原発に関しての考えを話されました。
1.新しい原発は不要であること、同時に今ある原発は安全を確保し、徐々に廃炉していく
2.自然エネルギーへのシフト
3.国民も自分たちの生活の仕方を見直す
この3点でした。

福島第一原子力発電所の事故では、本来、政府は最悪の事態を想定して先手先手を打つべきだったのに、それがなされなかったこと、日本政府の放射能汚染への過小評価、原子力災害への危機管理の未熟さが露呈したことに失望したのだそうです。

チェルノブイリ4号炉のメルトダウンが起こった翌日(4月27日夜)隣国ポーランドでは大気放射能汚染を確認、8割がヨウ素でああったこと、翌々日(28日)10時にはポーランド全土で大気、水、土壌の汚染を確認、24時間非常事態体制を発動しました。ソビエト・タス通信が小さく原発事故を報じたのはその日の夕方でした。ポーランド政府は緊急対策委員会を設置、モスクワからの信頼できる情報がないために、最悪の事態を想定し、初期予防対策を検討したとのことです。

ヨーロッパは国と国とが国境を接しているので、隣国が自国に、また自国が隣国に及ぼす影響に敏感です。事故から4日後、ポーランド政府はヨードカリ溶剤の配布を指示、子どもと妊娠授乳中の女性には、内服することとしました。この結果、ポーランドでは子どもの甲状腺がんが増えなかったのです。対処が遅れたベラルーシでは事故の5年後から10年後にかけて甲状腺がんの患者が爆発的に増えました。甲状腺がんは、甲状腺んホルモンを蓄積する部分に通常はわかめなどが含む自然由来のヨウ素が貯まるものが、呼吸によって原発由来の人的ヨウ素と区別できないために蓄積された放射線を出すヨウ素が貯まるために発症することがわかっています。内部被ばくによる影響は遅れて出てくるものだからです。

食材について、国も対応していないわけではないけれども、遅いという現実があるのだからと松本市では独自に原発事故後1週間後から、放射線量の測定をし、安全なものを提供してきたそうです。経験のある菅谷市長だからこそ、対応できたことなのだと思います。

食材について、江戸川区は消費者庁から、食材の放射線量を測定する機械を借りられることになりましたが、給食食材を測定する予定はないそうです。手段があるのだから、利用する手だてを考えるのが行政の役目だと思います。予算委員会でも追及していこうと思いますが、行政のすることを待っているのではなく、自分たちでできることはしていかなければなりません。

菅谷さんは、給食食材に関しての質問に答えて、内部被ばくは、1.呼吸器から、2.雨などを通して皮膚から、3.食材から口を通しての3種類がある。自分たちでできることは、行政に頼るのではなく、まず、自分たちで行動することが必要だとおっしゃっていました。行政体のトップとして、医療に携わるものとして、そしてチェルノブイリの悲惨な状況を経験したものとしてのアドバイスは実践的で、私たちがこれまで訴えてきた「自分たちの暮らしは自分たちでよくする」ことを再確認する場になりました。