江戸川区 無理心中

区はどう関わったのか

小学校1年生の男の子が虐待で命を失ってから2年余り、区は子ども家庭支援センターの職員を2倍にし、体制を強化してきたとしています。それにもかかわらず、今回も小学校4年生と2年生の子どもたちが犠牲になるという事件が起きてしまいました。

すでに、新聞でも報道されていますが、福岡から昨年9月に引越ししてきた一家が、父親の自殺、母親の精神不安定が重なり、子どもたち2人と母親、その母親の兄と一緒に練炭心中したのが4月6日に発見されました。

12日に常任委員会があり、総務委員会・福祉健康委員会・文教委員会でそれぞれ事件についての報告がありました。しかしどの委員会でも、事件については新聞報道以上のことはわからないという報告で、文教委員会でそれまでの新聞報道の記事のコピーが資料として出された以外は口頭のみでの報告でした。福祉健康委員会では、時系列にして区としての資料を提示するべきだとの意見が出ましたが「検討する」という答弁でした。

虐待死があってから、住民には、子ども家庭支援センターが相談の窓口だと認識されるようになっています。今回は母親の精神状態が不安定だと祖父から子ども家庭支援センターに相談があり、区では連絡があった2月16日に初めて訪問しています。その後、2月28日そして3月23日と計3回家庭を訪問しました。母親に会えないので「いつでも相談して」と記した手紙を渡してもらうよう頼んだり、同居していた兄と話せたときは、子ども家庭支援センターや健康サポートセンターでの相談ができることなどを、わざと奥にいる母親に聞こえるように、大きな声で話したりしたとのことです。健康部から、精神的に不安定な状態にある人への対応のしかたなどを教わり、連携しながらの対応でした。しかし、父親が1月18日に自殺した事は翌日には学校からの連絡でわかっていたわけで、その時点で、残された家族の心のケアの面から、行政も学校ももっと積極的にかかわれなかったのかと思います。

区には、子どもが薄着で外を歩いているなどとの連絡もありましたが、虐待のあとなどは見られず、ネグレクトというには、もう少し様子を見なければということで、児童相談所への連絡はしていませんでした。しかし結果的には、無理心中という、言ってみれば究極の虐待ということになってしまったわけです。行政もまわりの人たちもそれぞれ少しずつ気がついていたにもかかわらず、あと1歩を踏みこむことができなかった。なんとか子どもだけでも助けることはできなかったのか、ほんとうに悔やまれます。2年前の事件があって強化した虐待SOSの体制について、
また、今回のように保護者が自殺してしまったり、精神的不安定な状態にある場合などにどう対処するべきなのか、再度検証していくことが必要です。

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