東日本大震災のあとの清新町の状況

2011年3月15日 19時21分 | カテゴリー: 活動報告

発災後、まちを見て回りました

3月11日(金)の地震は本当に凄まじいものでした。被災された方々へは何をどう申し上げたらよいのか、ことばもありません。何とか、この窮状を乗り切っていただきたいとお祈りするのみです。多くの亡くなられた方々には、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

さて、この地震は、私の住んでいる清新町の弱さを改めて露呈することになりました。ここは、埋め立てによってできた町で、計画的に公園も緑道も整備され、都心へのアクセスもよいことから、たいへん便利なところだという評判でした。ただし、液状化についてはかねてより懸念されていました。

地震の翌日、町内をあちこちみてまわりましたが、「葛西クリーンタウン」と称される団地敷地内の建物そのものは大丈夫でしたが、歩道の一部が波打つような状況になったり、校庭や公園では、地中の泥や砂を含む水が吹き上がって使用できなくなったりしたところもありました。これらは液状化によるものです。また、町内の戸建住宅の中には、地盤沈下の影響で住宅が傾いてしまった住宅もあります。被害を受けた方々のなかには、近隣の小学校に避難を続けている方もありました。清新第一中学校の校庭でも、かなりの水が吹き出し、亀裂がはいってしまいました。バスケットゴールなども傾いていました。

断水が起きたところもありました。1日で仮復旧したところもありますが、まだ復旧していないところもあります。団地内にある保育園では、断水の影響で、隣の団地管理センターの給湯室やトイレを使いながら、園児を預かっています。

ご存知のように、葛西南部地域一帯は広域避難所になっています。今回の地震では、津波の危険があるから、葛西臨海公園には近づかないことという防災無線が流れましたが、災害時に27万人を受け入れる想定がされています。現状は、地震のときと水害のとき、それぞれ別々の避難想定がなされていますが、今回のように複合的な災害に対して、早急に避難設定を検討すべきです。