誰が主役か、区画整理事業

2010年9月15日 12時13分 | カテゴリー: 活動報告

2つの学習会に参加して

 私はこの4月から建設委員会に所属していますが、土地区画整理法や都市再開発法などについて複雑に制度が関わっているため、いろいろ調べながら委員会に臨んでいます。
江戸川区ではスーパー堤防事業に絡んで、北小岩1丁目と篠崎で区画整理事業が進められています。区は「事業を進めるにあたっては、住民の方々との合意なくしては進められない」とは言いますが、実際には区画整理に関しては、事業認可を得る過程にあるにもかかわらず、決まった後にはこうなりますという仮の状態を示して、必要な土地を先行買収する、ということが行われています。
最近でも、続けて区画整理と都市開発についての学習会に参加する機会がありました。まず、8月22日(日)「ここが変だ! 区画整理、再開発」(専修大学)熊さんハッつぁん法律問題研究会、専修大学行政法研究室、NPO法人区画整理・再開発対策全国連絡会議が共催したシンポジウム。行政の専門の大学の先生方、弁護士に加えて、現場の方々の報告があり、今まさに問題に直面している方々の話は、具体的でたいへん参考になりました。
 そのなかのひとつに羽村駅西口区画整理事業がありました。これは15年前、該当地域の住民には、区画整理の説明もなされないまま市主導で委員が決まり、住民の総意でもないのに具申書が提出されてしまったのです。あとで異議を唱えても、行政の側は既成事実を積み上げて事業を進行させていく、多くの区画整理事業で住民の方々が共通に感じるところだと思います。個別交渉で、行政が事業を進めるのではなく、住民とともに地区計画によるまちづくりを行うべきだと地域の方々と「新たなまちづくり」の勉強をしているのだそうです。この区画整理事業については「公金支出の返還と支出の差止」を求めて住民の方が裁判で争っています。
 2つめは、9月4日(土)「NPOまちぽっと」「東京自治研究センター」が開いた「都市計画制度と地域主権改革の課題」という学習会です。ここでは、都市計画制度についての内容と地域主権改革に絡んだまちづくりについて地方自治法の改正という観点からの課題について話を聞きました。都市計画法というのは1968年に改正されるまで1919年(大正8年)に制定された法が活きていたのです。全ての都市計画と執行については国の権限であることが明文化されていました。これは基本的に1968年の改正でも継承されていました。2000年になって、ようやく地方分権一括法の施行で国から自治体へまちづくりの権限が移譲されたのです。「区画整理は住民のためなのだから、やってあげるんだ」という意識をもつ方が行政側に見受けられるのはこういう歴史背景にも一因があるのかもしれません。
 スーパー堤防に関係した区画整理事業においても、先行買収を進め、区画整理が実施されるのであれば、区の考えている事業は実現するのかもしれません。けれども、そこに住んでいる住民の方の理解と合意が得られるかどうかは別の問題です。昔のような一方的なまちづくりの手法では、多くの住民は納得できないでしょう。北小岩1丁目も篠崎地区でも、見直しを要望する陳情が出ています。前述の羽村市では、仲良く暮らしていたご近所が、移転と補償金をめぐって、お互い疑心暗鬼になり、コミュニティが壊れてしまったのがたいへん悲しいと話していました。これは今、北小岩と篠崎の方々が経験されていることです。納得していない住民の方がいて、国の公共事業の方針もはっきりしていない今の段階では、一時ストップするべきです。
 都市計画、地区計画がどの区域に行われるのか決定される際には、事前の準備調査などの情報公開もするべきで、地権者や利害関係者だけでなく、地域の市民が参加して企画、立案ができるような住民参加型のまちづくりを進めることこそ、国から自治体への地方分権の本意なのです。